「八十日間世界一周」の旅(2) ネリー・ブライの冒険

ジュール・ヴェルヌによって書かれた小説「八十日間世界一周」
1872年に出版され,世界中で話題になりました。
主人公は本当に80日間で世界を一周し賭けに勝てるのか!?
鉄道が整備され,スエズ運河も開通したばかりの時代の小説。

でも,小説ではなく,これを実際に挑戦した女性がいます。
その名はネリー・ブライ。わずか25歳のアメリカ人女性です。
画像


本名は,エリザベス・ジェーン・コクラン(Elizabeth Jane Cochran)。
1864年5月5日,ペンシルベニア州生まれ。

彼女は今でいう突撃潜入取材の先駆けのようなジャーナリスト。

ネリー・ブライ(Nellie Bly)はジャーナリストとしてのペンネーム
スティーブン・フォスターのヒット曲中のタイトルをもらったそうです。
画像


この人がフォスター。アメリカを代表する作曲家。
(音楽室の肖像画でよく見ます。)
画像


そんなネリー・ブライは調査記事が好評で,ニューヨークの
ジョーゼフ・ピューリツァーのニューヨーク・ワールド紙に職を得ます。
(ちなみに,後のピューリツァー賞はピューリツァーにちなんだ賞。)
画像


彼女は精神病院に潜入し,患者の不当な扱いを暴露したりしました。
そんな活躍が認められ,彼女は大抜擢されます。

「八十日間世界一周」出版から約17年後の1889年,
本当に80日間で世界一周ができるのか実際にやってみよう!
ということで,ネリー・ブライがリポーターに決定しました。


1889年11月14日午前9時40分,彼女はニューヨークを出発します。
彼女はまずイギリスに向かい,東回りに世界一周を目指すのです。
画像


彼女の荷物はなんとカバン1つ!
さすが女性で大瓶のコールドクリームを持って行ったそうです。
画像


ニューヨーク・ワールド紙はこのイベントを大々的に扱いました。

しかし,そんな話題を独占されてなるものかと,なんと
別の雑誌社が,8時間後にある女性を同じニューヨークから
世界一周の旅に出発させました。


8時間前にニューヨークを出発したAugusta Victoria号に乗っている
ネリー・ブライはそんなことを知るはずもありませんでした。
画像



つづく!

この記事へのコメント

2017年02月18日 08:52
おはようございます。

 写真で見ると、ずいぶん小さなカバンですよね。女性がこんな小さなカバンひとつで長旅に出るなんて、相当な決意と勇気を感じます。
 19世紀末から20世紀初頭にかけて、女性民権運動の波が起こり、女性の社会進出が注目されるようになりました。彼女もそうした”勇気ある女性”の一人だったのでしょうね。
2017年02月18日 09:03
追伸:
 ネリー・ブライの10年ほど前、日本の”奥地探検”の旅に出たイザベラ・バードは、折り畳みベットまで持参していました。
2017年02月18日 13:03
あきあかねさん
こんにちは。彼女は体当たりで取材をする根っからのジャーナリストだったようです。ですから最低限のものさえあれば、あとはこだわらなかったのでしょう。イザベラ・バードの話はおもしろいですねえ。

この記事へのトラックバック