「源氏物語」の戻し訳(3) ウェイリーは和歌をどう訳したか

アーサー・ウェイリーによる「源氏物語」の英訳 The Tale of Genji を再び日本語に「戻し訳」をした毬矢まりえ氏と妹の森山恵氏。毬矢まりえ氏によるラジオ「カルチャーラジオ 日曜カルチャー」より。

前回は「源氏物語」の核となる「あはれ」をウェイリーがどう訳したかについて書きましたが,この物語には795の歌(和歌)が出てくるのですが,それをすべて訳しているわけではありません。

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歌が他の文に吸収されているものもあるのですが,でも4分の3の約600首は英訳されているそうです。
ただ,ウェイリーは recite the verse (poem)「このような詩を詠みました」として,歌の内容を説明しています。
戻し訳では,歌はこの物語の命であるとし,原文の和歌を入れ戻したそうです。

歴代の英訳者の中には5・7・5・7・7の音節を守って英訳した人もいるそうですが,ウェイリーがどう訳したか,1つの例を見てみましょう。

第10巻にあたる「賢木」(さかき)から。

文学的な遊戯の1つである「韻塞ぎ」(いんふたぎ)の遊びの後,光源氏と頭中将が盃を交わす場面。
そこで頭中将と源氏は,このような歌を交わします。

それもがとけさひらけたる初花に劣らぬ君がにほひをぞ見る 頭中将
時ならでけさ咲く花は夏の雨にしをれにけらしにほふほどなく 光源氏


この部分の英訳です。

Chujo picked up the wine-bowl and handed it to Genji, reciting as he did so the poem:
“Not the first rose, that but this morning opened on the tree, with thy fair face would I compare.”
Laughing, Genji took the cup and whispered the poem:
“Their time they knew not, the rose-buds that today unclosed. For all their fragrance and their freshness the summer rains have washed away.”


ここまで読んで,何かに気づいた人は英文学好きに違いありません。

出てくる単語順に言うと,rose (rose-bud), compare, summer, この3語で シェイクスピアを思い出しませんか?

Shakespeare.jpg

米文学ばかり読んできた私にとっても,シェイクスピアのソネット(14行詩)の18番の出だしは印象的です。

The Sonnets no.18
  William Shakespeare

Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate:
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date:


君を夏の日にたとえようか?
いや,君はもっと美しくおだやかだ。
荒々しい風は5月の愛くるしい蕾を揺らし,
夏の命は短かすぎる。


thee = you など古語については過去の記事で。

→ Shakespeare の名言


バラは「万葉集」にも登場し,「源氏物語」ではこの場面に登場します。

もちろん,ウェイリーはシェイクスピアの詩を本歌取りのように源氏物語に取り込んだわけではなく,おそらく自分が読んで思い浮かべたシェイクスピアのソネットを,読者にも伝えたかったのではないかと言うことです。

他にも,シェイクスピアを連想する場面があるそうです。これはウェイリーがイギリス人読者のためにわかりやすく伝えようとした結果ではないかと想像されます。

第3巻にあたる「空蝉」(うつせみ)から。

光源氏の求愛から逃げる空蝉は,光源氏が夜に忍び込んできたときには,「薄衣」を脱ぎ捨てて逃げ去ったあと。
ところが,ウェイリー版では「薄衣」ではなく「スカーフ」になっているそうです。
「衣」と「スカーフ」は別物。なぜ?

戻し訳をした毬矢さんによると,これはシェイクスピアの「オセロ」で妻デスデモーナが落とすハンカチーフを連想させるからではないかと言うことです。

オセロー(新潮文庫) - ウィリアム・シェイクスピア, 福田 恆存
オセロー(新潮文庫) - ウィリアム・シェイクスピア, 福田 恆存

このように当時の読者がピンとくるようなイギリス文学をあえて入れ込んだのではないかと言うことです。

他にも父親の霊が出てくるところは「ハムレット」を連想させたり,ワーズワースやキーツの詩を連想させるところが織り込まれているそうです。

こんなことを発見しながら戻し訳する作業は楽しかったでしょうね。





この記事へのコメント

2024年06月02日 06:28
おはようございます。

 なるほどねぇ…
 異文化の文学の翻訳も、それを理解してもらう努力と苦労が有る訳ですが、さらにその”戻し訳”となると、、、完全に原文に戻してしまっては面白みがないわけですし、そのさじ加減が難しくも有り、面白いところですねぇ。戻し訳なん、いとをかし。
2024年06月02日 08:09
あきあかねさん
おはようございます。
現代小説の英訳を戻し訳しても意味はないと思いますが,1000年前の日本語を英訳したものから見える新しい発見を現代語に訳すところに価値があるんだと思います。となると,そのきっかけを作ったウェイリーはすごい人です。キーンやサイデンステッカーにも強い影響を与え,現代日本で再びよみがえりました。