福島県桑折町 半田山に登る(1) 登山編
最近,週末は月に2~3度ほど低山クライマーをしています。
今回は福島県桑折(こおり)町の半田山(はんだやま)へ。
まずは半田沼の畔にある半田山公園管理センターの駐車場に車をとめます。

アプリのYAMAPも起動します。スタート!

あれが半田山。

江戸時代に描かれた谷文晁の「日本名山図会」は「日本百名山」の深田久弥が百名山を選ぶときの参考にしたとか。

その「日本名山図会」にこの半田山も登場します。


かつては江戸幕府の直轄の半田銀山は日本三大銀山として栄えましたが,今は坑道跡が見られるのみだそうです。
駐車場は3カ所あるのですが,結局どこにとめても山を一周するのに変わりはない。
問題なのは右回りにするか,左回りにするか?
私は管理センターから右回り(時計の反対回り)を選択。

書籍では右回りの例が紹介され,YOUTUBE では左回りも多数。
右回りを選んだのは,左回りの登りが地形図で明らかに急すぎるから。
半田沼に沿って歩いていきます。あの一番高いところが半田山の頂上でしょう。

途中,一匹のニホンザルが木から下りて逃げていきました。
間もなく北駐車場。ここから登って行く人もいました。

車道から北登山口へ入ります。クマ出没注意の看板。右に大きなアザミが見えます。

ヒメサユリは日本特産種で準絶滅危惧種に県で指定されています。

さっそくヒメサユリ発見。

これは木苺ですね。懐かしい。

少し登ると展望台がありますが,特に視界はありません。

つづら折りの坂がしばらく続きます。

急な坂にはロープがあって助かります。

かなり登ってきました。

等高線を見れば急な坂だったことがわかります。

次第に傾斜は緩まります。

あと100メートルで頂上。がんばろう!

あれが頂上か!?

つづく
今回は福島県桑折(こおり)町の半田山(はんだやま)へ。
まずは半田沼の畔にある半田山公園管理センターの駐車場に車をとめます。

アプリのYAMAPも起動します。スタート!

あれが半田山。

江戸時代に描かれた谷文晁の「日本名山図会」は「日本百名山」の深田久弥が百名山を選ぶときの参考にしたとか。

その「日本名山図会」にこの半田山も登場します。


かつては江戸幕府の直轄の半田銀山は日本三大銀山として栄えましたが,今は坑道跡が見られるのみだそうです。
駐車場は3カ所あるのですが,結局どこにとめても山を一周するのに変わりはない。
問題なのは右回りにするか,左回りにするか?
私は管理センターから右回り(時計の反対回り)を選択。

書籍では右回りの例が紹介され,YOUTUBE では左回りも多数。
右回りを選んだのは,左回りの登りが地形図で明らかに急すぎるから。
半田沼に沿って歩いていきます。あの一番高いところが半田山の頂上でしょう。

途中,一匹のニホンザルが木から下りて逃げていきました。
間もなく北駐車場。ここから登って行く人もいました。

車道から北登山口へ入ります。クマ出没注意の看板。右に大きなアザミが見えます。

ヒメサユリは日本特産種で準絶滅危惧種に県で指定されています。

さっそくヒメサユリ発見。

これは木苺ですね。懐かしい。

少し登ると展望台がありますが,特に視界はありません。

つづら折りの坂がしばらく続きます。

急な坂にはロープがあって助かります。

かなり登ってきました。

等高線を見れば急な坂だったことがわかります。

次第に傾斜は緩まります。

あと100メートルで頂上。がんばろう!

あれが頂上か!?

つづく
この記事へのコメント
たぶん、小学生の時に遠足で行ったはずなのですが、記憶がほとんどありません。(沼の景色に薄っすら見覚えが…)
両親を乗せて実家へ行った折、車窓から見えた半田山の稜線を見て、父母が私の遠足の時の話をしていました。どうやら私が小3の頃だったようでした。
おはようございます。思い出の山なんですね。
ある本では歩行時間1時間50分とあるのですが,これはよほどの健脚の人でしょう。谷文晁は30歳までに日本全国を歩き回り,行ったことのない国はほとんどなかったようで,半田山の図も実際に見て描いたのでしょう。
半田山は次回のあることがメインになります。