安政元年のはっけよい(4) ペリーが見たスモウ

ペリーの2度目の来航の際に,日本の威信をかけて力士たちが贈呈用の米俵を200俵運びました

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中でも大関・小柳常吉は注目の的で,ペリーも体に触れたほど。
これはアダムス館長が小柳の腹を押している様子。

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でも,力士たちのパフォーマンスはここでは終わりません。

今回も「ペリー提督日本遠征記」と随行した通訳ウィリアムズの「ペリー日本遠征随行記」から見ていきましょう。

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米俵の運搬が終わると,応接所の敷地内に設置された土俵で,幕内力士が土俵入りを披露しました。

ペリーの「遠征記」では・・・
「見物人が着席すると,裸の力士たちが土俵に登場した。全員が敵味方の二組に分かれ,どすんどすんと前後ろに足を踏み鳴らし,挑戦的ににらみ合ったが,競技には入らなかった」

これについて,ペリーは,勝敗に賭ける観客のために,自分の長所をアピールする時間なのだと考えます。

またウィリアムズの「随行記」では・・・
「全員が輪になって立ち並び,一種の手ならしなのか,ぴしゃっと胸を叩き,手をすり合わせ,脇の下や膝を手でこすったりした後で,揃って退場していった。つぎの組は,意匠を凝らした長いエプロンを付けて土俵を回り,同じ動作を一通りやった」

「長いエプロン」とは,もちろん「化粧まわし」のことですね。

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続いて稽古相撲が行われ,アメリカ人の乗組員は夢中になって取組を見入っていました

立ち会っていた福山藩主・江木繁太郎の手記によれば,ペリーは初めて見る相撲の取組に関心を示し,2度ほど笑ったそうです。

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ペリーの「遠征記」では
「二人はひとりずつ幕の後ろから出てきて,巨大な動物にふさわしい,ゆっくりとした悠然たる足取りで土俵(リング)の中央に歩いてきた。(略)二人はしばらく腰をかがめて,互いに相手のすきをつくチャンスをうかがうように,油断なく睨み合った」

「互いに睨み合い続けながら,彼らは地面をどしんと踏みつけ,もどかしそうに足で地をかき,やおら巨体をかがめ,土を手にいっぱいつかんで荒々しく背中にふりかけ,じれったそうに巨大な手の平の間や頑丈な脇の下にこすりつけた」

「さて,あいかわらず腰をかがめて睨み合い,相手のあらゆる動きを見据えていた両力士が,一瞬,同時に巨大な体躯を持ち上げ,牛をも気絶させるような勢いで身体と身体をぶつけ合った

「両者の怪異な身体はこの衝撃にもほとんど平衡を乱さず,衝撃の激しさは,身体から垂れた肉が震えていることから見てとれるだけだった」

「組み合った両者は屈強な両腕を互いに相手の身体に回し,からみ合っての激闘が始まり,互いに相手を投げつけようと,怪力を尽くして戦った」

顔面は充血してふくれあがり,赤くなった皮膚を破っていまにも血が噴き出さんばかりの格闘が続き,巨体は動悸で波打った。ついに対戦者の一方が,その巨大な重量もろとも激しく地面に倒れると,助けられて起き上がり,土俵から退いた」


素晴らしい描写ですね。
こちらは随行画家のハイネが描いた相撲の様子。

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ちょっと長くなりそうなので,ウィリアムズが見たスモウは次回。


つづく


この記事へのコメント

2024年09月26日 06:04
おはようございます。

 ペリーって、なかなかの名文家ですね。翻訳からでもそれが伝わってきます。
2024年09月27日 06:12
あきあかねさん
おはようございます。「どすんどすんと」なんて原文ではどうなっていたのだろうと気になってしまいますが,素晴らしい描写の文章ですね。
ただ,この角川文庫の「遠征記」はアメリカ議会上院に提出された報告書「アメリカ艦隊の中国海域及び日本への遠征記 1852~54」全三巻のうちの第一巻の日本語訳だそうです。ペリーが書いた日記を中心にホークスと言う人物が編纂したもので,そのあたりのことは次の記事の冒頭に書きました。細かい描写は見た人しか書けないので,ペリーの観察眼はそうとうなものだったと思われます。