明治の外国人が見た富士山(6) エリザベス・ビスランド
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)について書いたのなら,この人を抜かすわけにはいきません。
この写真の女性こそ,エリザベス・ビスランド Elizabeth Bisland(1861 - 1929)。
アメリカのジャーナリスト・編集者で,1889年から1890年にかけて,同じ女性記者のネリー・ブライと世界一周レースを競い,世界の注目を集めました。
ジュール・ヴェルヌの小説「80日間世界一周」が実現可能かどうかをかけて旅したエリザベスとネリー。
下の左側が大西洋回り(東回り)のネリー,右側が太平洋回り(西回り)のエリザベス。
二人はどちらが早く世界一周ができるかニューヨークを旅立ちます。(ネリーは後でレースだと知るのですが・・・。)
このことについてはかつて詳しく書きました。結果についてはこちら。
→ 「八十日間世界一周」の旅(4) ネリーとエリザべスの「競争」
話をエリザベスにもどすと,彼女はラフカディオ・ハーンと親交があり,世界一周の旅の後に,ハーンに日本の様子を話したことでしょう。
そして,ハーンが日本に行った後も手紙で交流を続け,ハーンの死後に彼の伝記と書簡集を発表しました。
彼女は世界一周の旅後にまとめた In Seven Stages: A Flying Trip Around the World(1891年)で日本についてこう書いています。
At last there comes a day when one rises in the morning and the sailors, pointing to the horizon, say, "That is Japan," and one cries with cheerful excitement, "Yes! yes!" though there is nothing but the same monotonous sea and sky visible to the unpractised eye.
ついにその日がやってきた。夜が明け船員たちが水平線を指さして「日本だ」と言う。一人が明るく興奮しながら叫ぶ「そうだ! そうだ!」。初めての私の目に見えるものは,これまでと同じ単調な海と空だけど。
その後,彼女は富士山の美しさに感動します。
Fujiyama . . . the divine mountain!
(中略)
Twelve thousand three hundred and sixty-five feet high, it rises up alone and unmarred by surrounding peaks; alone in fair calm beauty – the highest mountain in all the islands.
富士山,それは神聖な山!
(中略)
高さ12,365フィート,周辺の山にさえぎられることもなく単独でそびえたつ。とても静かに美しく孤高な山。日本の島々の中でいちばん高い山。
また,彼女はわずか36時間しか日本にいませんでしたが(ネリーと競争しているからでしょう),日本を「おとぎの国」に例えています。
Then the railroad again, . . . a broad, yellow moon shining on the ever-present Fujiyama, . . . regretful farewells to the charming Americans and Lieutenant McDonald, and then the visit to fairyland is over. . . . I must pass on in my swift course, and be ready for new sights and friends.
再び列車に乗車すると,いつも見えている富士山を照らす黄色い月。魅力的なアメリカ人たちやマクドナルド大尉とも残念ながらお別れです。そして,このおとぎの国の訪問も終わりです。私は急いで(次の目的地の)新しい景色と友人のために準備をしなくちゃ。
そして,横浜を出て香港に向かうときも富士山を眺めました。
We have one more glimpse of Fujiyama the next morning as Japan sinks out of sight.
(夜中に出発し)次の朝,日本が視界から消えるとき,私たちはもう一度富士山を見ました。
最後に,日本を「おとぎの国」に例えたエリザベスですが,ラフカディオ・ハーンの「日本の面影」の中でこう書いています。
And the ultimate consequence of all these kindly curious looks and smiles is that the stranger finds himself thinking of fairy-land. Hackneyed to the degree of provocation this statement no doubt is: everybody describing the sensations of his first Japanese day talks of the land as fairyland, and of its people as fairy-folk. Yet there is a natural reason for this unanimity in choice of terms to describe what is almost impossible to describe more accurately at the first essay.
このような親切で好奇心のまなざしや笑みを目の当たりにすると,初めてこの国を訪れた者は「おとぎの国」を彷彿してしまうことだろう。こうした表現は確かに紋切り型でうんざりするかもしれない。誰もが日本の最初の日の感動をこう表現する。日本は「おとぎの国」で日本人は「おとぎの国の住人」だと。しかし,正確に描写することなどほぼ不可能な世界を初めて表現しようとすれば,同じ言葉を使てしまうのは自然なことではないか。
ハーンが日本行きを決意したのは,エリザベスの多くの進言があったからでしょう。
でも,ハーンの心の中に彼女への思いがあったかどうか・・・やめておきましょう。
この写真の女性こそ,エリザベス・ビスランド Elizabeth Bisland(1861 - 1929)。
アメリカのジャーナリスト・編集者で,1889年から1890年にかけて,同じ女性記者のネリー・ブライと世界一周レースを競い,世界の注目を集めました。
ジュール・ヴェルヌの小説「80日間世界一周」が実現可能かどうかをかけて旅したエリザベスとネリー。
下の左側が大西洋回り(東回り)のネリー,右側が太平洋回り(西回り)のエリザベス。
二人はどちらが早く世界一周ができるかニューヨークを旅立ちます。(ネリーは後でレースだと知るのですが・・・。)
このことについてはかつて詳しく書きました。結果についてはこちら。
→ 「八十日間世界一周」の旅(4) ネリーとエリザべスの「競争」
話をエリザベスにもどすと,彼女はラフカディオ・ハーンと親交があり,世界一周の旅の後に,ハーンに日本の様子を話したことでしょう。
そして,ハーンが日本に行った後も手紙で交流を続け,ハーンの死後に彼の伝記と書簡集を発表しました。
彼女は世界一周の旅後にまとめた In Seven Stages: A Flying Trip Around the World(1891年)で日本についてこう書いています。
At last there comes a day when one rises in the morning and the sailors, pointing to the horizon, say, "That is Japan," and one cries with cheerful excitement, "Yes! yes!" though there is nothing but the same monotonous sea and sky visible to the unpractised eye.
ついにその日がやってきた。夜が明け船員たちが水平線を指さして「日本だ」と言う。一人が明るく興奮しながら叫ぶ「そうだ! そうだ!」。初めての私の目に見えるものは,これまでと同じ単調な海と空だけど。
その後,彼女は富士山の美しさに感動します。
Fujiyama . . . the divine mountain!
(中略)
Twelve thousand three hundred and sixty-five feet high, it rises up alone and unmarred by surrounding peaks; alone in fair calm beauty – the highest mountain in all the islands.
富士山,それは神聖な山!
(中略)
高さ12,365フィート,周辺の山にさえぎられることもなく単独でそびえたつ。とても静かに美しく孤高な山。日本の島々の中でいちばん高い山。
また,彼女はわずか36時間しか日本にいませんでしたが(ネリーと競争しているからでしょう),日本を「おとぎの国」に例えています。
Then the railroad again, . . . a broad, yellow moon shining on the ever-present Fujiyama, . . . regretful farewells to the charming Americans and Lieutenant McDonald, and then the visit to fairyland is over. . . . I must pass on in my swift course, and be ready for new sights and friends.
再び列車に乗車すると,いつも見えている富士山を照らす黄色い月。魅力的なアメリカ人たちやマクドナルド大尉とも残念ながらお別れです。そして,このおとぎの国の訪問も終わりです。私は急いで(次の目的地の)新しい景色と友人のために準備をしなくちゃ。
そして,横浜を出て香港に向かうときも富士山を眺めました。
We have one more glimpse of Fujiyama the next morning as Japan sinks out of sight.
(夜中に出発し)次の朝,日本が視界から消えるとき,私たちはもう一度富士山を見ました。
最後に,日本を「おとぎの国」に例えたエリザベスですが,ラフカディオ・ハーンの「日本の面影」の中でこう書いています。
And the ultimate consequence of all these kindly curious looks and smiles is that the stranger finds himself thinking of fairy-land. Hackneyed to the degree of provocation this statement no doubt is: everybody describing the sensations of his first Japanese day talks of the land as fairyland, and of its people as fairy-folk. Yet there is a natural reason for this unanimity in choice of terms to describe what is almost impossible to describe more accurately at the first essay.
このような親切で好奇心のまなざしや笑みを目の当たりにすると,初めてこの国を訪れた者は「おとぎの国」を彷彿してしまうことだろう。こうした表現は確かに紋切り型でうんざりするかもしれない。誰もが日本の最初の日の感動をこう表現する。日本は「おとぎの国」で日本人は「おとぎの国の住人」だと。しかし,正確に描写することなどほぼ不可能な世界を初めて表現しようとすれば,同じ言葉を使てしまうのは自然なことではないか。
ハーンが日本行きを決意したのは,エリザベスの多くの進言があったからでしょう。
でも,ハーンの心の中に彼女への思いがあったかどうか・・・やめておきましょう。
この記事へのコメント
この二人の女性については、以前、先生のブログに登場していませんでしたっけ? 若干記憶に残っています。
これまでの回で、それぞれの方々が費やした富士山への賛辞、形容詞、とても勉強になりました。今回はちょっと古風な「divine」と言う形容詞、これ、宗教的な記述以外でも使われるんですね。私などはつい「spiritual」と言ってしまいそうなんですけど…
おはようございます。
早いもので,あれから7年も経っています。自分ではそんなに経った気がしていないんですが。懐かしいです。
さて,divine ですが,どうも原義は「human の反対」で「神の」「神聖な」「神々しい」。ただ,女性が好んで使う用法として wonderful とか beautiful の意味もあるようで,現在では古めかしい表現のようです。初めて見た富士山を形容するにはとてもいい言葉の選択だったのかもしれませんね。