小説「正体」(1) その場に「くずおれる」

小説を読んでいても,いまだに知らない言葉に出会います。
以前も「七回死んだ男」という小説で出会った「おためごかし」について書いたことがあります。

→ おためごかし!?

さて,前回書いた小説「正体」でも新しい言葉に出会いました。しかも2回も。

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その言葉は「くずおれる」
はじめ,「崩れ落ちる」の誤植かと思いましたが,2回も出てくるのはおかしい。

その2カ所とは以下の文。

○○○はその場で膝からくずおれそうになるのを必死に堪えた。

少しでも気を抜いたらこの場にくずおれてしまいそうだった。


2つとも「崩れ落ちる」と言い換えてもよさそうな文ですが,「くずおれる」とは?

日本国語大辞典より。

くず‐お・れる くづほれる【頽れる】
① 体や考え方などが年老いて衰える。衰弱する。弱くなる。
「御行ひを、時の間もたゆませ給はずせさせ給ふつもりの、いとどいたうくづをれさせ給に」(出典:源氏物語・薄雲)
「五十年、六十年のよはひかたぶくより、あさましうくづをれて」(出典:俳諧・芭蕉庵小文庫 閉関之説)
② 気が弱る。気がくじける。気落ちする。
「私はくづ折れた気持ちで、片づけてゐるたい子さんの白い手を呆んやりながめてゐた」(出典:放浪記〈林芙美子〉)
③ くずれてだめになる。身をもちくずす。
「誠と思ふて身のくづ折(ヲ)るるも厭はず通はるるを」(出典:浮世草子・風流曲三味線 四)
④ くずれるように倒れる。くずれ倒れる。
「必あげて下さんすな、どうでもお身がくづをれる」(出典:浄瑠璃・本朝三国志)

頽れるの補助注記
「おれる」が「折れる」の意に解されて、近世以後、意味が広がって用いられるようになった。


この注記がこの辞書のポイントですね。
本来「衰える」の意味だったものが,「おれる」が「折れる」の意味にとらえられて「体がくずれるように倒れる」の意味になったようです。

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大辞泉では・・・

「おれる」を「折れる」の意に解して》気力が抜けて、その場に崩れるようにして倒れたり、座り込んだりする。
「悲しみのあまりその場に―・れる」


やはり,「くずおれる(くずほれる)」は一語だけど,「おれる」の部分を「折れる」ととらえて意味が変化したことを書いています。
この辞典では,これが第一義として書いてあります。



この記事へのコメント

2025年01月15日 06:45
おはようございます。

 ああ、これ、忘れていた言葉ですね。自ら使う事はなく、たぶん、古典でしか見聞きしていません。
 なるほど、「くずおれる」を「くず(れる)+おれる」と解釈したことで誤解と拡大解釈が生まれたのですね。面白いです。
 似た誤解だと、「たおる(手折る)」を、「倒れる」と誤解して「倒る」と書いたりする間違いがありますね。

 最近フォロアーになったYouTubeチャンネルがあります。日本語教師の方のチャンネルなのですが、1篇が5分程度の短い短編なのですが、とても勉強になります。2編ほどリンクを貼っておきます。お暇の時にでも見てみてください。
①『ことばの「正しい」vs「間違い」論争(規範主義と記述主義)』
 →https://www.youtube.com/watch?v=a95-NORkcLI
②『さ入れ言葉はなぜ生まれた?』
 →https://www.youtube.com/watch?v=onwi30PfUco
2025年01月16日 06:06
あきあかねさん
おはようございます。
「くずおれる」という言葉すら知りませんでした。何となく意味がわかるのは,それが原義ではなく二次的な意味で使われているからで,それは本来一語なのに「折れる」とある意味勘違いしたから。となるとそのような言葉を扱うときは慎重にならなければいけないのかな。まあ,二次的な言葉が主になっている言葉なんてたくさんありそうですが。