青空文庫で「破天荒」を見る

短い記事です。
前回,「破天荒」の原義が「前代未聞」,そして最近は「豪快」の意味でよく使われることを書きました。

時間がなかったので,その使用例を今回書きます。
青空文庫より・・・

「小桜姫物語」 土井晩翠
小櫻姫物語は解説によれば鎌倉時代の一女性がT夫人の口を借り数年に亘って話たるものを淺野和三郎先生が筆記したのである。但し『T夫人の意識は奥の方に微かに残っている』から私の愚見に因れば多少の Fiction は或はあり得ぬとは保障し難い。
 しかしこれらを斟酌しても本書は日本に於いては破天荒の著書である。是を完成し終った後、先生は二月一日突然発病し僅々三十五時間で逝いた。二十余年に亘り、斯学の為めに心血を灑ぎ、あまりの奮闘に精力を竭尽して斃れた先生は斯学における最大の偉勲者であることは曰う迄もない。

(1937年)


このような書物は日本にはなかった,と言う意味ですね。


「天狗」 太宰治
ただどひやうしに長き脇指
 見事なものだ。滅茶苦茶だ。去来は、しすましたり、と内心ひとり、ほくほくだろうが、他の人は驚いたろう。まさに奇想天外、暗闇から牛である。仕末しまつに困る。芭蕉も凡兆も、あとをつづけるのが、もう、いやになったろう。それとも知らず、去来ひとりは得意である。草取りから一転して、長き脇指があらわれた。着想の妙、仰天するばかりだ。ぶちこわしである。破天荒である。この一句があらわれたばかりに、あと、ダメになった。つづけ様が無いのである。去来ひとりは意気天をつかんばかりの勢いである。これは、師の芭蕉の罪でもある。

(1942年)


太宰治1.jpg

太宰には珍しい俳句論です。「どひやうし」は「突拍子」。
こんな句は前代未聞,と言う意味でしょう。


最後は被爆文学を書いた原民喜の小説から。

「廃墟から」 原民喜
列車は今のところ、大竹・安芸中野(あきなかの)間を折返し運転しているらしく、全部の開通見込は不明だが、八本松・安芸中野間の開通見込が十月十日となっているので、これだけでも半月は汽車が通じないことになる。その新聞には県下の水害の数字も掲載してあったが、半月も列車が動かないなどということは破天荒のことであった。

(1947年)


原爆投下後の広島の様子が描かれています。
半月も電車が動かないことはもちろん前代未聞なんですね。

この小説には読むのも耐えられないような原爆の悲惨さが描かれています。
ある農家の主婦の印象的な言葉が出てきます。

「戦争に負けると、こんなことになるのでしょうか」

戦争はいけない。原爆はいけない。
世界のリーダー,「破天荒」の意味をはき違えていませんか・・・。



この記事へのコメント

2025年02月28日 06:39
おはようございます。

 今回先生が例に引いた三篇ですが、平成以降に生まれた人たちにすれば、もはや古典になるのでしょうね。彼らは注を入れなければ読み通せないのではないかと思います。
 
 例文中に、現在”変質中”の熟語を見つけました。土井晩翠の「小桜姫物語」の本文6行目で使われている『僅々(きんきん)』と言う語です。これ、本来は「ほんの僅か」と言う意味なのですが、同じ音の「近々」に引きずられて「ごく最近」と言う意味で使う人も散見されます。漢字の意味が全然違いますので、誤字・誤用のままで終わるのかもしれないのですが、結構堂々と誤用されていますので、以外に意味が変わってしまうかもしれません。
2025年03月01日 06:41
あきあかねさん
おはようございます。
暖かい日が続きましたが,また寒くなるとか。しかも,またコロナの話も聞きます。私は花粉症ではないのですが,今年は鼻水が出るので,デビューなのか!?
「僅々」「近々」のように音につられて間違って使われる言葉,すぐには出てきませんが他にもありそうです。
「役不足」とか「敷居が高い」は間違って使うと「あなたは何者?」と相手に誤解されやすい表現ですね。