フォークナーと善光寺(2) 盆踊り
前回はやっと手に入れた「FAULKNER AT NAGANO」から,フォークナーが訪れた善光寺についてどう思ったかについて書きました。彼は西洋人として理解が難しい部分があると言っています。

ブロガーのあきあかねさんからフォークナーの宗教についてのご質問があったので,ちょっと書いてみます。
彼の弟によると,ウィリアム・フォークナーの兄弟はメソジスト教会で洗礼を受け,日曜学校にも通っていたようです。
そこで彼はアメリカ南部のプロテスタントの思想を身につけたと考えられますが,彼の作品にそれが色濃く反映されているかは疑問があります。
確かに彼はインタビューで愛読書として「カラマーゾフの兄弟」などの他に「旧約聖書」を挙げていたり,旧約聖書からタイトルがとられている長編「アブサロム,アブサロム!」やキリストの受難を下敷きにした後期の長編「寓話」があったりします。「八月の光」でもジョー・クリスマスという名前の男が主要な役として登場します。でも,それはキリスト教圏の作家としての下地であって,プロテスタンティズムを全面に押し出していると私は感じたことはありません。

寓話 上 (岩波文庫 赤 323-1) - ウィリアム フォークナー, 阿部 知二
さて,前回に続き,長野でのインタビューのなかで善光寺について触れているところがもう1か所あります。

Q: When you visited the Zenkoji Temple, some days ago with the Japanese doctors, I heard you have seen the Bon dance, the Japanese folk dance. Will you kindly tell me the impression of the dance?
Q: 日本人の医師たちと数日前に善光寺を訪れましたが,あなたはそこで「盆踊り」,つまり日本のフォークダンスをご覧になったとお聞きしました。
*訳注:doctors が医者なのか博士の意味なのかはちょっとわかりません。
Faulkner: That was an interest in seeing the people, not Japanese people, but all people express themselves by their own poetry, and that’s what I thought that I saw. That the Japanese himself was expressing there in his own simple terms, which little children, old people, everybody understood, the poetry of his race, of his tradition, his religion, his work.
フォークナー:
日本人というわけではなく,そこの人々を見ることは興味深かったです。みんな自分自身を詩的に表現するんですね。それが私が感じたことです。そこの日本人は彼自身の単純な言葉で表現していたので,小さな子どもやお年寄り,誰もが理解できました。彼の民族,伝統,宗教,仕事からくる詩のような言葉でありました。

いらすとはかわいすぎますが,それにしてもフォークナーの言葉は彼の小説のように言い回しがちょっと難解です(笑)。
そして,インタビュアーは何を引き出したかったのかなあ。
ブロガーのあきあかねさんからフォークナーの宗教についてのご質問があったので,ちょっと書いてみます。
彼の弟によると,ウィリアム・フォークナーの兄弟はメソジスト教会で洗礼を受け,日曜学校にも通っていたようです。
そこで彼はアメリカ南部のプロテスタントの思想を身につけたと考えられますが,彼の作品にそれが色濃く反映されているかは疑問があります。
確かに彼はインタビューで愛読書として「カラマーゾフの兄弟」などの他に「旧約聖書」を挙げていたり,旧約聖書からタイトルがとられている長編「アブサロム,アブサロム!」やキリストの受難を下敷きにした後期の長編「寓話」があったりします。「八月の光」でもジョー・クリスマスという名前の男が主要な役として登場します。でも,それはキリスト教圏の作家としての下地であって,プロテスタンティズムを全面に押し出していると私は感じたことはありません。

寓話 上 (岩波文庫 赤 323-1) - ウィリアム フォークナー, 阿部 知二
さて,前回に続き,長野でのインタビューのなかで善光寺について触れているところがもう1か所あります。
Q: When you visited the Zenkoji Temple, some days ago with the Japanese doctors, I heard you have seen the Bon dance, the Japanese folk dance. Will you kindly tell me the impression of the dance?
Q: 日本人の医師たちと数日前に善光寺を訪れましたが,あなたはそこで「盆踊り」,つまり日本のフォークダンスをご覧になったとお聞きしました。
*訳注:doctors が医者なのか博士の意味なのかはちょっとわかりません。
Faulkner: That was an interest in seeing the people, not Japanese people, but all people express themselves by their own poetry, and that’s what I thought that I saw. That the Japanese himself was expressing there in his own simple terms, which little children, old people, everybody understood, the poetry of his race, of his tradition, his religion, his work.
フォークナー:
日本人というわけではなく,そこの人々を見ることは興味深かったです。みんな自分自身を詩的に表現するんですね。それが私が感じたことです。そこの日本人は彼自身の単純な言葉で表現していたので,小さな子どもやお年寄り,誰もが理解できました。彼の民族,伝統,宗教,仕事からくる詩のような言葉でありました。
いらすとはかわいすぎますが,それにしてもフォークナーの言葉は彼の小説のように言い回しがちょっと難解です(笑)。
そして,インタビュアーは何を引き出したかったのかなあ。
この記事へのコメント
「盆踊り」に対してのフォークナーの感想ですが、よく分かりません。彼が聞いて「私的な表現」と感じる基となった、『彼らは単純な言葉で表現していた』とは、実際のの言葉を聞いたのでしょうか。例えば”合いの手”の様な言葉だったのかしら? それとも、単純な振り付けを繰り返すことを見ての印象だったのでしょうか? これだけからは良く分かりません。 インタビュアーにもう少し食い下がって欲しかったです。先生がおっしゃるように、インタビュアーは彼から何を引き出したかったのでしょう? せっかくに機会ですから、フォークナーの思想、感性の欠片でも引き出せるような質問をして欲しかったです。
前回のコメントに対する先生のリコメントで、『善光寺を Shinto temple とは残念な表現です』とあったのですが、これは先生は「善光寺はお寺さんであって全然神社ではないでしょう」と言うツッコミからだったと思ったのですが…
現在は完全に神社とお寺は別物、別の宗教形態、と言う認識になっていると思います。先生もその観点からの先ほどの感想だったのだと思います。
ですが、明治以前、特に江戸時代中期以降は神道、仏教の区別はもっと曖昧でした。もちろん、純粋に仏教的、純粋に神道的、な宗派、寺、神社も有りましたが、混沌として両者が分けられないよう宗派やお寺もありました。例えば、普化宗(ふけしゅう/虚無僧等の集団の宗派です)や修験道、両部神道など、いわゆる「神仏混交」の各宗派、各寺社です。これらは1868年の「神仏分離令」によって解体させられ、以後、神社とお寺は”別物”となるのですが、お寺の中に「Shinto shrine」が有るという、いわば「Shinto temple」な形態のお寺は、特に地方においては(姿、形として)残ったのです。これは現在でもそうであり、私のブログでも先日ご紹介しましたね。
たぶんですが、このインタビュアーはそうした姿を見たまま英語にして「Shinto temple」と表現したのではないかと思うのですが、、、良い訳語かどうかは、なんとも言えません。歴史的な背景の説明が無い中ではこのような言葉を持ち出すべきではないように私は思います。現代では神道と仏教は別物ですので。
おはようございます。
コメントありがとうございます。自分でも訳していて,どんな言葉を聞いたのか,歌なのか謡いのようなものなのかよくわかりませんでした。
さて,善光寺にも神仏混交の影響は少なからずあるとは思いますが,インタビュアーがどういう意味で Shinto temple を使ったのかはよくわかりません。それに,フォークナーもそのあたりはどれほどの認識があったかは不明です。