鶉衣(1) 横井也有とは
前回,尾張藩士で俳人の横井也有(やゆう)の一句について書きました。
多芸多趣味な人物として知られ,俳諧・俳文・武芸・平家琵琶・謡曲・書画・詩歌・狂歌など,あらゆる芸能に通じ,儒学も深く修めたようです。
俳諧としては松尾芭蕉一門の流れを汲みますが,芭蕉は将軍でいえば五代将軍・綱吉の時代の人。
横井也有は十代将軍・家治時代の人です。もちろん会ったことはありません。
也有は俳諧的生活へのヒントをさまざま書き残し,それが「鶉衣」(うずらごろも)という本にまとめられています。
岩波文庫上・下(堀切実校注版)で出ているのですが,なかなか手に入らないようです。

これが自画像。

でも,旧版なら大きめの古本屋さんで手に入ります。私が持っているのはこれ。

私が持っている岩波文庫の旧版は前編三巻,後編三巻,そして続編三巻,拾遺三巻が収められています。
也有の没後に大田南畝が前編を天明7年(1787年)に,後編を翌年に江戸蔦屋から出版しました。
さらに石井垂穂により,続編と拾遺が文政6年(1823年)に名古屋永楽屋から続刊されました。
そうです,あの大河ドラマ「べらぼう」の蔦屋重三郎が出版した本なのです!


べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 前編 NHK大河ドラマ・ガイド - 森下 佳子, NHK出版, NHKドラマ制作班
ドラマにも出てくるのかな?
「鶉衣」は一言で言ってしまえば,俳文集ですが,一昨年2023年には自筆写本が名古屋市内で見つかっています。

「鶉衣」とは,つぎはぎの衣のことで,お粗末な文章の寄せ集めという謙遜の気持ちで書名を付けたのでしょうか。
最後に,作家の永井荷風は,この也有の文章,そして「鶉衣」を絶賛しています。
青空文庫の「雨瀟瀟」(大正10年)より。
既にその前年一度医者より病の不治なる事を告げられてからわたしは唯自分だけの心やりとして死ぬまでにどうかして小説は西鶴 美文は也有に似たものを一、二篇なりと書いて見たいと思っていたのである。
『鶉衣』に収拾せられた也有の文は既に蜀山人の嘆賞措(お)かざりし処今更後人(こうじん)の推賞を俟(ま)つに及ばぬものであるが、わたしは反復朗読するごとに案を拍(う)ってこの文こそ日本の文明滅びざるかぎり日本の言語に漢字の用あるかぎり千年の後といえども必ず日本文の模範となるべきものとなすのである。
その故は何かというに『鶉衣』の思想文章ほど複雑にして蘊蓄(うんちく)深く典故(てんこ)によるもの多きはない。それにもかかわらず読過其調の清明流暢(りゅうちょう)なる実にわが古今の文学中その類例を見ざるもの。
和漢古典のあらゆる文辞は『鶉衣』を織成す緯(い)となり元禄以後の俗体はその経(けい)をなしこれを彩(いろど)るに也有一家の文藻(ぶんそう)と独自の奇才とを以てす。渾成(こんせい)完璧(かんぺき)の語ここに至るを得て始(はじめ)て許さるべきものであろう。

荷風は死ぬまでに,文章は西鶴のような小説,也有のような美文を書きたいと思っていたのですね。
では,「鶉衣」の文章を実際に見てみましょう。
つづく
多芸多趣味な人物として知られ,俳諧・俳文・武芸・平家琵琶・謡曲・書画・詩歌・狂歌など,あらゆる芸能に通じ,儒学も深く修めたようです。
俳諧としては松尾芭蕉一門の流れを汲みますが,芭蕉は将軍でいえば五代将軍・綱吉の時代の人。
横井也有は十代将軍・家治時代の人です。もちろん会ったことはありません。
也有は俳諧的生活へのヒントをさまざま書き残し,それが「鶉衣」(うずらごろも)という本にまとめられています。
岩波文庫上・下(堀切実校注版)で出ているのですが,なかなか手に入らないようです。
これが自画像。
でも,旧版なら大きめの古本屋さんで手に入ります。私が持っているのはこれ。
私が持っている岩波文庫の旧版は前編三巻,後編三巻,そして続編三巻,拾遺三巻が収められています。
也有の没後に大田南畝が前編を天明7年(1787年)に,後編を翌年に江戸蔦屋から出版しました。
さらに石井垂穂により,続編と拾遺が文政6年(1823年)に名古屋永楽屋から続刊されました。
そうです,あの大河ドラマ「べらぼう」の蔦屋重三郎が出版した本なのです!

べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 前編 NHK大河ドラマ・ガイド - 森下 佳子, NHK出版, NHKドラマ制作班
ドラマにも出てくるのかな?
「鶉衣」は一言で言ってしまえば,俳文集ですが,一昨年2023年には自筆写本が名古屋市内で見つかっています。
「鶉衣」とは,つぎはぎの衣のことで,お粗末な文章の寄せ集めという謙遜の気持ちで書名を付けたのでしょうか。
最後に,作家の永井荷風は,この也有の文章,そして「鶉衣」を絶賛しています。
青空文庫の「雨瀟瀟」(大正10年)より。
既にその前年一度医者より病の不治なる事を告げられてからわたしは唯自分だけの心やりとして死ぬまでにどうかして小説は西鶴 美文は也有に似たものを一、二篇なりと書いて見たいと思っていたのである。
『鶉衣』に収拾せられた也有の文は既に蜀山人の嘆賞措(お)かざりし処今更後人(こうじん)の推賞を俟(ま)つに及ばぬものであるが、わたしは反復朗読するごとに案を拍(う)ってこの文こそ日本の文明滅びざるかぎり日本の言語に漢字の用あるかぎり千年の後といえども必ず日本文の模範となるべきものとなすのである。
その故は何かというに『鶉衣』の思想文章ほど複雑にして蘊蓄(うんちく)深く典故(てんこ)によるもの多きはない。それにもかかわらず読過其調の清明流暢(りゅうちょう)なる実にわが古今の文学中その類例を見ざるもの。
和漢古典のあらゆる文辞は『鶉衣』を織成す緯(い)となり元禄以後の俗体はその経(けい)をなしこれを彩(いろど)るに也有一家の文藻(ぶんそう)と独自の奇才とを以てす。渾成(こんせい)完璧(かんぺき)の語ここに至るを得て始(はじめ)て許さるべきものであろう。
荷風は死ぬまでに,文章は西鶴のような小説,也有のような美文を書きたいと思っていたのですね。
では,「鶉衣」の文章を実際に見てみましょう。
つづく
この記事へのコメント
へ~、『日本の文明滅びざるかぎり日本の言語に漢字の用あるかぎり千年の後といえども必ず日本文の模範となるべきもの』ですか、なるほど。元禄以後の俗体の経、と言うのも興味がありますね。戯作文調って事とも違うのかしら? 次回の先生の記事が楽しみです。
おはようございます。
青空文庫に入っていれば,コピペができたりして,紹介するのは楽なんですが,自分で打つしかなさそうなので,けっこう大変ですが,少しでも味わってください。俳諧師だなあという感じの文章です。